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 2014年10月4日より手錢記念館(出雲市大社町)において、企画展示「江戸力 手錢家蔵書から見る出雲の文芸」が開催されています(主催:山陰研究センター、手錢記念館、島根大学附属図書館。後援:国文学研究資料館。12月21日まで)。

 手錢家は江戸時代前期から大社において酒造業等を営み、また松江藩の御用宿を務めるなどしつつ、一方で歴代当主らが精力的に文芸活動に取り組み、多くの蔵書を蓄積し継承して来ました。近年、本センターの山陰研究プロジェクト、国文学研究資料館の共同研究(基幹研究)によって調査研究を進めた結果、この蔵書の特色や意義が明らかになって来ました。今回の行事はそれらの成果を地元に向けて公開しようとするものです。

 10月13日手錢記念館において、この企画展示に関連する連続講座の第1回が開かれ、広島大学教授の久保田啓一先生に、「手錢家歴代の和歌活動―歌壇史上の意義を中心に」と題して講演いただきました。
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講演される久保田啓一先生

 久保田先生はまず、近世において地方でも盛んに和歌、漢詩、俳諧など韻文を作る活動が行われたが、そこには必ず指導者がいたこと、また個人ではなく仲間(グループ)での活動として行われたことなど、前提となる事柄を説明されました。

 その上で、手錢家の三代・季硯、四代・敬慶の和歌活動の事跡について、手錢家に伝わる資料の分析を元にお話されました。まず重要な点として、季硯らに和歌を教えたのは、公家の和歌の流れに連なる釣月という歌人から教えを受けた百忍庵常悦(小豆沢勝興、1706~1776)であったということです。
 季硯をはじめとする大社の人々は、明和・安永頃(1770年代頃)、「松方会」という和歌の会を作り、そこに常悦を招いて教えを受けたのですが、その際会のあり方についてかなり厳密な規則を設けています。そこからは、彼らが和歌を本格的に学ぼうと、極めて熱心な姿勢で臨んだことがうかがえます。

 季硯と敬慶は、常悦から和歌の添削を受けますが、それを冊子に書き留めたり、さらには常悦からの手紙を貼り付けて保存するなど、自分の和歌の学びをノートとして残しました。手錢家にはこのような資料が当時のままの状態で伝存しており、それによって大社の和歌活動の実態を知ることができます。

 久保田先生はこの他にも、やはり大社の広瀬百蘿について、従来もっぱらその俳諧活動において注目されてきたが、和歌の領域においても重要な役割を果たしており、今後研究が必要であると述べられました。

 また、大社の文芸活動の特色として、和歌と俳諧が同等に、一連のもののごとく扱われている点を指摘されました。江戸時代一般には、和歌の方が正式で一段高い文芸と見なされていたことからすると、これは注目すべき点です。なおこのことに関しては、12月のシンポジウムの時に、改めて詳しくお話いただこうと思います。
 今回の久保田先生のお話によって、手錢家歴代当主が熱心に文芸活動に取り組み、そしてその足跡を書き留めて継承してきたことの意義を知ることができました。



 連続講座の第2回は11月15日、芦田耕一先生「江戸時代末期の大社歌壇」、第3回は12月13日、伊藤善隆先生「俳諧史の中の出雲・大社・手錢家」(会場はいずれも手錢記念館)、シンポジウムは、12月14日、島根県立古代出雲歴史博物館において開催します。企画展示は現在開催中です(12月21日まで)。
 詳細は手錢記念館ホームページをご参照下さい。みなさまのご来場をお待ちしています。

(文責・田中則雄)