2013年5月15日に第26回山陰研究サロンを開催しました。

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竹永先生(左から3番目)とサロンの様子


今回は、竹永三男先生(日本史学)に「初代松江市長・福岡世徳研究のおもしろさ―『初代松江市長・福岡世徳研究 その旅と松江振興策』を執筆して」と題してご報告いただきました。

竹永先生は本年3月、山陰研究ブックレット2として『初代松江市長・福岡世徳研究 その旅と松江振興策』を刊行されました。初代の松江市長として、1889年(明治22年)から22年間の長きにわたって在職し、松江の町の発展のために尽力した福岡世徳ですが、実はその業績は地元でも十分に知られておらず、名誉市民の中にも入っていないとのことです。
この研究は、竹永先生が島根大学に赴任された1981年の大学祭での近現代史ゼミの展示をきっかけに福岡家に史料調査に出かけたことから始まり、その後も幾度か成果発表の機会はあったそうですが、近年の山陰研究プロジェクトと今回の出版によって一気に研究が進んだとのことです。


『初代松江市長・福岡世徳研究 その旅と松江振興策』表紙


福岡市長は自分の動向を『備忘録』『在京日記』『公務手帳』などに自筆で詳細に書きとめており、それが彼の業績を辿るうえで大変有効な史料となっています。
たとえば1903年(明治36年)国の行財政政策の一環として府県廃合計画が策定される中、福岡市長は、松江の県都としての位置を守るべく、上京して自らの持つ様々な人脈を活かしながら懸命に働きかけを行っています。
その他生涯にわたって自ら各地を旅しては、視察・調査を行ったり、要となる人々と会っては働きかけるなど、松江の町の発展のために活動を続けました。その結果、鉄道の敷設、兵営の誘致、港湾の整備などを実現させています。

竹永先生のお話は以上のような福岡市長の業績を辿りながら、正に「旅する市長」という人間像をも浮かび上がらせるものでした。

(田中)